この細胞が、迷路を解く。

2000年、北海道大学の中垣俊之氏らはこんな実験をした。迷路全体に粘菌を広げ、入口と出口にエサを置く。脳のない細胞は最短ルートを見つけられるか。結果はNature誌に載った。粘菌は行き止まりの管を自分で吸収し、最終的に最短経路だけを残したのだ。すべての道を同時に試し、使えない道を自ら消す。計算ではなく、体ごと答えを出した。いったいどういう仕組みでそうなるのか、気になるところだが、話はまだ続く。

脳がなくても、ここまでやれる。

中垣氏はこの研究で2008年にイグノーベル賞を受賞している。さらに2010年には別の粘菌研究で再受賞。同一人物が異なるテーマで2度選ばれるのは珍しい。

話はここで終わらない。

2008年、今度は粘菌に「記憶」があるという論文が発表された。実験では、粘菌に一定間隔で3回、乾燥した冷たい空気を吹きつける。すると4回目は、刺激を与えなくても同じタイミングで動きを遅くした。まだ来ていない不快を、先回りして避けたことになる。

3回吹かれたら4回目を覚悟する。人間の感覚で言えば、ただの学習だ。だが、それをやったのは脳も神経もない一個の細胞である。

迷路を解き、周期を記憶し、未来を予測する。脳がなくてもここまでできるなら、「知性」とはいったい何なのか。——答えは出ていない。粘菌も、まだ教えてくれない。