タコのニューロンは全部で約5億個。問題はその配置だ。なんと3分の2にあたる約3億3000万個が、脳ではなく8本の腕の中に散らばっている。腕1本あたり4000万個以上のニューロンを抱えている計算になる。しかも各腕の吸盤には感覚細胞がびっしり並んでいて、8本ぶんを合わせると2億4000万個にもなる。触って、感じて、判断して、動く。それを腕が全部やる。脳にいちいちお伺いを立てない。
これを実験で裏づけたのが、ヘブライ大学の神経科学者ゲルマン・スムブレ氏らのチームだ。2001年に発表された論文で、スムブレ氏らはタコの腕を体から切り離して電気刺激を与えた。なかなか思い切った実験だが、結果はもっと思い切っていた。切断された腕が、生きたタコとほぼ同じ運動パターンをそのまま実行したのだ。脳とのつながりが完全に断たれた状態で、である。腕の神経回路に「動き方のプログラム」があらかじめ書き込まれていた、ということになる。
似た発想が、まったく別の世界にもある。「エッジコンピューティング」と呼ばれる技術だ。世の中のセンサーやカメラが増えすぎて、すべてのデータを遠くのサーバに送って処理するやり方では回線がパンクするようになった。そこで、データが生まれた場所のすぐそばに小さな処理装置を置き、現場で判断を済ませてしまう。中央に何でも聞きに行くのをやめた、というわけだ。やっていることの構造が、タコの腕とそっくりである。
ただし、片方が片方を真似たわけではない。数億年の進化と数十年のエンジニアリングが、「末端で処理したほうが速い」という同じ答えにそれぞれたどり着いた。なんだか気持ちのいい偶然だ。
もし自分の右手が、自分の意思とは関係なく棚のお菓子をつかんでいたら、たぶん怖い。でもタコは違う。