1963年、心理学者のジェームズ・V・マッコネル氏は大胆な実験を行った。光と電気ショックを繰り返し与え、光だけで体を縮めるよう訓練したプラナリアをすりつぶし、別の個体に食べさせたのだ。すると食べた側が、未訓練の個体より速く反応を習得したという。「記憶はRNAに宿る」。マッコネル氏の主張は世間を沸かせたが、他の研究者が再現できず、現在では否定されている。食べて記憶を得るのは、さすがに無理があった。

それから50年。2013年、タフツ大学のタル・ショムラット氏とマイケル・レヴィン博士が、もっと丁寧な方法でこの問題に挑んだ。ざらざらした底面の容器でプラナリアを飼い、エサの場所を覚えさせる。その後、頭を切断する。なんとも思い切った手順だが、プラナリアは2週間ほどで新しい頭と脳を再生する。

再生した個体をもとの容器に戻すと、すぐにエサを食べ始めた。初めてその容器に入れた個体は警戒してなかなか食べないのに、だ。新品の脳なのに、体が覚えていたのである。レヴィン博士は「体の組織が、脳とまったく同じことをしていた」と語っている。

「脳なしで記憶する」と聞くと突飛に思えるが、実は私たちの体にも似た仕組みがある。免疫細胞だ。一度はしかにかかると、B細胞やT細胞と呼ばれる免疫細胞が、そのウイルスの特徴を何十年も覚え続ける。脳に相談などしない。体の細胞だけで「前に会ったことがある」と判断しているのだ。考えてみれば、これも立派な記憶である。

記憶は脳にある——冒頭でそう書いた。だが、プラナリアの体はそれを丸ごと否定してみせた。マッコネル氏の「食べて覚える」はさすがに乱暴だったけれど、「記憶は脳の外にもある」という直感だけは、50年越しに正しかったことになる。食べるのではなく、切るのが正解だったのだ。