ベニクラゲは、老いたり傷ついたりすると死ぬ代わりに体を縮める。触手を引っ込め、海底に沈み、ゼリー状の塊になる。ここまでは「死にかけ」にしか見えない。ところが24時間から36時間後、この塊から若いポリプ——つまり幼体が生え出してくる。大人が赤ん坊に戻るようなものだ。
しかも、この若返りのやり方が変わっている。「トランスディファレンシエーション(分化転換)」と呼ばれる仕組みで、一度専門の仕事を持った細胞が、いったん白紙に戻ることなく、別の種類の細胞に直接作り替えられる。たとえるなら、会計士がいきなり外科医になるようなもので、大学に入り直す手間がない。体全体の規模でこれをやってのける動物は、自然界でベニクラゲだけだとされている。
京都大学フィールド科学教育研究センターの准教授だった久保田信氏は、この小さなクラゲを長年飼育し続けた人物だ。2年間の観察で、たった1個体が11回若返るのを記録している。11回の人生やり直しである。久保田氏はベニクラゲに関する歌を複数作曲しており、学会発表の最後にそれを歌うことがあるという。研究対象への愛情が、なかなか規格外だ。
ちなみに、人間の細胞で似たことをやろうとすると話がだいぶ違う。山中伸弥氏が開発したiPS細胞の技術では、皮膚などの成熟した細胞にまず4種類の遺伝子を入れて「何にでもなれる状態」にリセットしてから、目的の細胞に育て直す。いわば一度大学に戻ってから転職するルートだ。ベニクラゲは、そのリセットを丸ごと省略して直接変換してしまう。やっていることの骨格が同じなのに、手順がまるで逆なのが面白い。
ただし、「不老不死」には但し書きがつく。理論上は何度でも若返れるが、野生のベニクラゲの多くは、若返る暇もなくタコやサメやウミガメに食べられてしまう。若返りの変身が自然の海で観察された記録は、まだ一度もない。
不死の裏技を持っていても、使う前に食べられたら意味がない。爪の先ほどの体で不老不死を名乗るには、まずタコに見つからないことが条件だ。