ちなみに肥えた豚1頭が30ギルダーだから、球根1個で豚100頭以上が買えてしまう計算だ。なぜ花の種にそこまでの値がついたのか。
最高値がついたのは、花びらに縞模様や炎のような模様が入った品種だった。「ブロークン・チューリップ」と呼ばれた珍しい花たちだ。
この美しい模様の正体は、チューリップ・ブレイキング・ウイルスの感染症状である。つまり、人々が競って買い求めた美しさは「病気」だった。しかも厄介なことに、このウイルスは球根の繁殖力を弱める。美しい品種ほど数が増えない。病気が美を生み、病気が希少性を保証する。なんともよくできた構造だ。
面白いのは取引の方法だ。球根は地中に埋まったまま、掘り出すことなく売買されていた。「ウィントハンデル(風の取引)」と呼ばれる先物契約で、酒場で引き渡し権だけが次々と転売された。土の中にあるものを見もせずに買い、それをまた別の誰かに売る。現代の金融市場で日常的に行われている先物取引の、これが先駆けだというから驚く。
1637年2月、突然買い手がつかなくなり、価格は崩壊した。裁判所はこれらの契約を「賭博による債務」と見なし、法的な強制力を認めなかった。
「史上最大のバブル」。チューリップ・バブルはそう語り継がれてきた。ところが2007年、歴史家のアン・ゴルガー氏が当時の一次資料を徹底調査し、実際に財産を失った人は「半ダースにも満たない」と結論づけた。通説の多くは、1841年にチャールズ・マッケイ氏が書いた著書に由来する。ところがマッケイ氏の記述は、投機を戒めるために書かれた当時の風刺文書からの盗用が多いと指摘されている。つまりバブルの恐ろしさは、200年かけてどんどん盛られていたわけだ。
バブルの教訓そのものが、バブルのように膨らんでいたわけだ。結局いちばん泡立っていたのは、この話自体だった。