話は20億年前にさかのぼる。ある大きな細胞が、小さな細菌を一匹、飲み込んだ。普通ならそのまま消化されて終わるはずが、この細菌はなぜか生き残り、宿主の中に住み着いてしまった。そこから先が長い。何億年というのんびりした時間をかけて、もとは独立した生き物だった細菌は、宿主と切り離せない関係になり、ついには宿主の機能を担う「部品」になってしまった。これが、いま私たちの細胞の中で働いているミトコンドリアである。

その証拠は、ミトコンドリアの内側に残っている。細胞の核とは別に、独自のDNAを持っているのだ。しかも輪っか状で、まさに細菌のDNAと同じ形をしている。何十億年経っても、出自を隠しきれていないらしい。

ただし、その独自DNAに残っている遺伝子はわずか37個。普通の細菌が数千個は持っているので、100倍以上に減らされた計算になる。ヒトの核には約2万個の遺伝子があるから、ミトコンドリアはその500分の1以下しか持たない。残りはどこへ行ったのか。大半は宿主の核へ「引っ越し」してしまっており、ミトコンドリアが働くのに必要なタンパク質およそ1500種は、いまや核の側で作られて後から運び込まれている。なんとも徹底した居候ぶりである。

「過去の話」と思いたくなるが、現在進行形で同じことが進んでいる例がある。キジラミという小さな虫の細胞に住むカルソネラ・ルディイ(Carsonella ruddii)という細菌は、遺伝子をたった182個しか持たない。普通の細菌の数十分の一である。生きるのに必要なはずの遺伝子がごっそり抜けており、研究者はこれを「細胞の中の小さな部品(細胞小器官)になりかけている段階」と呼んでいる。20億年前にミトコンドリアがたどったはずの道を、今まさに歩いている細菌がいる、ということだ。

ミトコンドリアの共生と直接つながっているわけではないが、論理だけならもっと身近にもある。あなたの腸には10〜100兆個もの細菌が住んでおり、そのDNAの総量は人間自身のゲノムの約100倍にのぼる。ビタミンの合成や免疫の調節を担っていて、いなくなると困る相手だ。ただし腸内細菌は今も独立した生き物のままで、ミトコンドリアのように細胞の部品まで縮んだわけではない。共生という同じ筋書きの、別の段階を見ているようなものだ。

このしくみを最初にきちんと言語化したのが、リン・マーギュリス氏(Lynn Margulis、1938〜2011)である。1967年に発表した論文「On the origin of mitosing cells」は、少なくとも15誌に拒絶された後、ようやく『Journal of Theoretical Biology』に掲載された。15誌というのは、なかなかの数である。後年、彼女は「私の考えが論争的だとは思っていない。正しいと思っているだけだ」と語ったと記録されている。1999年、その業績で国家科学賞を受賞した。

20億年かけて部品になった居候は、今もあなたの細胞の中で、エネルギーを作り続けている。